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11月12日放送の『マルコポロリ』(関西テレビ)に米村でんじろうさんがゲスト出演されていました。


番組で紹介されたでんじろうさんの生い立ちに、幸せに生きるヒントがありました






私は、でんじろうさんってどこかの大学教授だと思ってたんですけどそうではないんですね。Wikipediaによると現在のでんじろうさんの肩書は「サイエンスプロデューサー」になっています。


番組では、でんじろうさんの生い立ちについてのVTRが流されてました。



でんじろうさんは、子どものころは山で一人で遊んでいるような子で、理科以外の成績は悪かったそうです。

子どもの頃と書きましたが、19才ぐらいまで山で一人で遊んでいたようです。
(バイクの前輪を拾ってきてろくろを作ったりしたと番組ではおっしゃってました)

大学には三浪して入って、その後まだ働きたくないからと大学院に進学。

大学院を卒業してもすぐには働かなかったらしいです。

その後、とある高校の教師に就かれるでんじろうさん。
この学校はいわゆる落ちこぼれ、不良が多い高校だったそうです。そこで、何とか授業を聞かせるために奇抜な実験を行います。
番組では、教室や廊下で火を噴きまくって最終的に学年集会で火を噴いたとおっしゃてました(笑)
しかもそこで失敗して病院に駆け込んだとか(笑)

その高校での活躍(?)を認められたでんじろうさんは今度は進学校の教師に赴任することになります。
しかし、進学校の生徒は目的が受験のため、実験大好きなでんじろうさんは進学校の空気に馴染みませんでした……
結局、その学校では三年程勤められた後、退職することに決められたようです。


その時のでんじろうさんの年齢は40才……
40歳で無職となったでんじろうさん。しかし、そこに人生の転機がやってきます。

でんじろうさんの噂を聞いたテレビ局のNHKから番組をやってみないかと持ち掛けられます。
そこからサイエンスプロデューサーの米村でんじろうが誕生することになります。

好きなことをやり続けて遂に成功への道に辿り着いたでんじろうさん。



投資家で世界的に有名なウォーレン・バフェット氏の言葉の中に「人々がそれぞれの最も得意とする分野でできるだけ長く一生懸命働けばそれだけ社会が富む」というのがあります。
まさにでんじろうさんの生き方はそれを体現するものでしょう。

でんじろうさんの成功は、最も得意であった理科を一生懸命頑張った故のものだといえるのではないでしょうか。




人の目を気にしないで、子どもの頃からずっと好きなことをやり続けてきたでんじろうさん。
それが先生になったときにも、そして今にもつながっているわけですね。